求道と説法の要点
| 著 者 | 増井悟朗 師 |
| 掲載号 | 華光誌 57-1号 平成10年1月発行 |
「慶(よろこ)ばしきかな、愚禿(ぐとく)、仰(あお)いで惟(おも)んみれば、心を弘誓(ぐぜい)の仏地(ぶっち)に樹(た)て、情(おもい)を難思(なんじ)の法海(ほうかい)に流す。
聞くところを嘆(たん)じ、獲(う)るところを慶(よろこ)びて、真言(しんごん)を採集(さいしゅう)し、師釈(ししゃく)を鈔出(しょうしゅつ)して、もっぱら無上尊(むじょうそん)を念じて、ことに広大の恩を報ず」
(『浄土文類聚抄』じょうどもんるいじゅしょう)
樹心(じゅしん)と流情(るじょう)
蓮如様のお言葉を集めたといわれる「流情」編というお書物があります。
『教行信証』では、「情」の字が「念」になっているが、意味は同じです。
この「心」と「情」が対句になって、一方は他力の信心、一方は自力の疑情という意味です。
まず「弘誓(ぐぜい)の仏地(ぶつじ)」とは、阿弥陀様のご本願は、十方衆生・五乗(ごじょう)斉入(さいにゅう)-すべてのものを救おうという広いお誓い(弘誓)であり、その本願を大地にたとえられておられる。
「樹」は、植えるという意味で、「たてる」と読みます。
弘誓の仏地に心を樹(た)てるのですから、決して自分の心に仏様のご本願をたてることではないのです。
そしてこの心は、私の心でありながら、自分の中を探しても出てくる心ではありません。
如来様から廻向していただく信心のことです。
如来様からいただいた他力廻向の信心を、ご本願の確固たる地面に樹てるというわけです。
自力のこころを捨てる
この反対が、「情(おもい)を難思(なんじ)の法海(ほうかい)に流す」です。
信心に対して疑情は流す。
つまり、「白い心」の信心は、拾いもの・いただきものですが、情-つまり仏智疑情の疑い心は、捨てものです。
流情とは、自力の心をふり捨てるという意味です。
ではどこへ捨てるか? 如来様に反逆して、計らい、疑ってきた心の捨て場所がありましょうか。
今の生活は、豊かさを究(きわ)めておりますが、その裏返しは廃棄物の山ですね。
生活を維持し謳歌(おうか)する為の製品が、すべてゴミの山になります。
それをどこに捨てるのかが、今日の大問題です。
しかし、「自力を捨てろ」と言われても心配はありません。
自力心には、ちゃんと捨て場所のお示しがあるのです。
どんなものも引き受けてみせるとおっしゃる如来様。
その思い計ることのできない「法の大海」の中に流させてもらうんです。
樹てる場所が確保され、捨てる所までご指定される、親鸞聖人の体験を通したお言葉を、私達は疎(おろそ)かにはできませんね。
しかもこのところは、華光では「白い心、黒い心、暗い心」という平易な言葉で伝承してきました。
この「三つの心」は、『仏敵』の中で、およし様が聴聞の要(かなめ)としてお伝え下されています。
このお言葉に限らず、華光の伝統には、その根拠が経典の随所にあります。
ここでは「捨てもの・拾いもの」が、鮮やかなお言葉で示されております。
法の眼をいただく
大体、経文は凡情で向かうと難しいものです。
文字に振り回されてお心がとれません。
そこを読ませていただくのが信心の智慧です。
難しい言葉で「擇(=択)法眼(ちゃくほうがん)」と申します。
択は選択本願の択で、悪いものを捨て、良いものを取ることです。
つまり、いただいた眼(め)で向かうと、一文不知の尼入道でもお経の心が鮮やかにつかめます。
この法の眼をいただくことが、信心の智慧です。
仏様からの智慧を通して経文をいただけば、同時に、私の値打ちの無さが知らされてまいります。
聞けば聞くほど、読めば読むほど、法の偉大さが知られ、同時に私は丸裸にされていくわけです。
決して、理解や研究で、暗記して利口になっていくこととは違うのです。
そういった心をこのご文で、親鸞様はおっしゃっておられるのです。
そうしていただいたご文には、明らかに私がお救いに預からずにはおれぬおいわれが、ピシッと示されておるわけです。
そこを自己流に読んでいたら、自分との距離は開くばかりです。
しかし智慧をいただいた上で、お経に向かわせてもらうと、汲(く)めどもつきせぬお味わいが、次々と出てまいります。
生き生きと伸びる樹木
さて、「樹」という言葉。
木を植えることですが、家なら「建てる」です。
家を建てる時も、大地の上ですが、それが砂地ではたちまちに崩れてしまう。
建造物相応の基礎工事が必要です。
旧華光会館も40年も経て老朽化してきました。
ご承知のように、中古でも立派な材木を使っていたが、基礎がよくなかった。
絶えず手入れをして維持しておったが、大震災で相当な被害を受けました。
また何度か台風の被害も受けてきました。
アルミサッシの窓になる前は、木造の窓で、雨戸などは、九尺もある窓枠にトタンを張っただけのものでした。
それを台風の度に全部閉めて、金具で止めていました。
それも、「維持講」(いじこう)(同人会の前身の護持組織)の会長だったKさんにお手伝いをお願いした。
奥様のお父さんが大工さんなので、Kさんも器用な方と思っていたのだが、実は至って不器用な方でした。
それでも、一生懸命に金具止めの大工仕事をしていただいた。ほかにも言い切れぬ様々な思い出があります。
その雨戸の戸袋の壁は弱いもので、台風でひきちぎられてしまった。
天井まである高い壁がゴソッと抜けて、大風が吹き込んで屋根ごと持ち上がりそうになったのです。
「ウワー」と大騒ぎをしたこともありました。
今日は軽量鉄骨の建物で、そんな心配はありません。
しかし、娑婆のことです。
なにが起こるかわかりません。
最初は新築でも、日々、徐々に老朽化していくわけです。
ところが大地に植わった木は、建物のように老朽化するのではなく、生き生きとして伸びてゆくじゃないですか。
心して読むと、親鸞聖人は、お言葉の端ばしだけでも、生き生きとお味わいになられている。
「私がいただいた時は…」などと、そんなカビの生えた古い体験の所に止まっておられない。
毎日の生活の中での仏徳讃嘆、我が身の恥ずかしさというものを生き生きと味わっていかれたのです。
それが、この樹という意味であります。
生きた法に会う
獲信された皆さん方でも、性格や業が違うと、ご法の聞き方、宿善(しゅくぜん)開発(かいほつ)の有りようも様々です。
劇的な方もあれば、頼りなくて大丈夫かという方もいらっしゃる。
ところが何年か経って覚悟(かくご)華(はな)鮮(あざ)やかという体験のお方が、プスーンと法悦も消え、ご法座に欠席、お念仏も称えず、煩悩生活に埋没される方がある。
事実、自分の心の中を見たら煩悩しかないのですからね。
ところが、一念はショボショボしていたが、如来様の種をいただいて、仏地に植え られていたら伸びるんです。
また伸ばしていくのが、私共の大仕事ですね。
私は、かつて伊藤先生からお聞きしたことがある。
先生は、早く『仏敵(ぶってき)』(春秋社刊行:華光会で販売中)を出版して世間に問いたかったが、何分、田舎出身であり、経済面や出版事情もよくお分かりにならない。
それで、『仏敵』の原稿を懐に、東京で出版社の生活を長くなさったんです。
「そのころの生計は?」と尋ねると、出版社勤務の他にバイトで、チラシを道ゆく人に渡しておられた。
「最後までし果たしたんですか?」と尋ねると、「あんなもん! まあ、二、三枚は配ったが、後はみんな川へ捨てた」…。
先生の変人ぶりなら、2時間、3時間でも尽きませんが…。
「では先生、そのころはどのようにご聴聞しましたか」 「まあ、あんまり聴聞した記憶はないなあ」とおっしゃる。
「手の舞い足の踏む所を知らぬほどの法悦の境地にあった自分が、十数年も、無仏無仏法の中に身を投じたら、それっきりになってしまうもんやな。
"同行知識に親近(しんごん)せざるは雑修(ざっしゅ)の失(しつ)なり"と善導様はおっしゃったが、やはり法の相続は、法縁に出ないとね。
この機ざまは、法を聞きたくない心で一杯じゃから、それきりになるもんやな」と。
どうですか皆さん、そう思われませんか?
法の説きぶりの進化
さて、会館創建のころは、S先生やA先生も、毎月のように来て下さっていました。
しかもご法礼はさしあげていなかった。
皆さんからもおサイ銭すら集めてなかったのです。
すべてが、今でいうボランティアです。
「聞いてもらいたい」の純情しかなかったのですね。
そのうちにおサイ銭を集めだしましたが、今までの習慣で電車賃はあっても、サイ銭は持っていないという方もありました。
それが次々に形式が整い、今日の華光会になるまでには、色々なことがありました。
最近では、その先生方もご多忙で、一~二年に一度程度のご出講です。
すると、お同行さんは次々と新しくなられているので、浦島太郎状態です。
「あの黄色い服の人は誰? パーマかけた人の後ろは?」と、入れ替わり立ち替わり、ご法義が繁盛してまいりました。
しかも、ご法の説きぶりにも変化があります。
薬師山時代(戦前)は、本当に厳しい一点張りでした。
説き手が、「法を持ち出したら堕落。
機のこと以外は言うな。」 そんな鉄則がありました。
「阿弥陀様が…、ご本願が…」と安易に法を持ち出すと、法体(ほったい)募(づの)りだということになる。
ご示談も厳しいから、二度と来なくなった方も沢山おられた。
せっかく、お誘いしたのに、どれほど失敗したかわかりません。
「華光会は、来る者は拒まず、去る者は追わず」と、いいかっこして、同人同志で慰め合っていたので、仲間だけの同窓会のような時が続いていたようです。
しかも、肺結核の人が多くて、次々と往生されてさびしくなります。
そこに、私共大学生が集まるようになってから、伊藤先生自身のお味わいもだんだん変わり、お書きになるものも変わってまいりました。
頭(こうべ)を垂れて聞く
今回も豊岡のHさんがおっしゃった。
「伊藤先生は、"どんな先生の話でも頭を下げて聞かせてもらえ。
この先生には体験がないとか、お聖教ばかりふり回して、というような驕慢(きょうまん)心では法は入らんぞ。
どなたの言葉も、如来の直説(じきせつ)として頭を垂れて聞かせてもらえ"とおっしゃられたが、実行は難しいです」と。
確かに、体験のない先生の法話は、こっちの方が上になって、こんな話、聞けるかという気持ちが起こってくる。
私が獲信して間もないころ、お東の学者で山辺(やまべ)習学(しゅうがく)先生の書物に、「お説教聞いている時に、フンと思う心が出てくる。
(フンというのは鼻で笑うことですが)そんなことは知っとるとか、また同じことかという心ばかりで、弥陀の直説として聞くことが、中々出来なかった」との告白の一文に出会いました。
「ああ偉い人やな」と思いました。
山辺先生の書物を読むと、やっぱり筋が通っていて、いろいろ教えられた経験がございます。
当時の私共学生達も、どうすればより多くの人達に聞いてもらえるか。
無宿善と切り捨てずに、少しでもご縁があれば、聞いてもらうにはどうすればよいかと、研鑽(けんさん)を積んだといえば少々大げさですが、勉強してきたのが、今日までの華光なんです。
ですから、伊藤先生も私共をお育て下さると同時に、年とともに先生ご自身も育っていきなさいました。
共に讃嘆する
今回は、古参(こさん)者のご参加もあります。
確かにその当時と比べると、なんか腑抜(ふぬ)けて「これでも華光か」と言いたくもなるでしょう。
でもそうじゃないんですね。
現実に、自分の子供や孫に聞いてもらおうと思ったら、今の時代がどれだけ劇変しましたか。
木を樹(う)えた者でなければ、「教えてあげよう」という態度で、若者に言っても受けつけてくれません。
ましてや厳しい廃立(はいりゅう)で「地獄へ落ちるぞ」の一点張りでは、ただ反発されるだけですね。
だから相手の性格や、何を拠り所に生活しておるのかなどを、こちらが相手から学ぶ態度や努力がなかったら、お話は聞いてもらえません。
教えてあげるではなく、共に讃嘆するわけです。
実際、道を求めておいでになった先人方のおかげで、尊い如来様のお慈悲を味わわしていただく時間をいただくんじゃないですか。
昨夜も、獲信なさったTさんに、「よう聞いて下さった」とお礼を申しあげずにはおれませんでした。
ところが、お互い先入観をもって、自分で決めこんでおるから、頑(かたく)なになっていきます。
特に、年を重ねるとそれが強くなります。
老化の悲しさですね。
心が若々しくなくなってきて、まことに度しがたい年寄りになってしまうんです。
老化三現象
いつも話す老化の三現象です。
第一は、お茶碗を置くときに、バチャンと置く。
自分ではソッと置いたつもりだが、他人から見るとバシャンとやっています。
これは運動機能の衰えで、当然のことです。
二番目は羞恥心(しゅうちしん)の老化です。
私の姉などは、便所の戸を閉めんようになりました。
若い時は恥ずかしかったことが、だんだん平気になります。
これも仕方がありません。
そして三番目が、人の話が最後まで聞けなくなります。
「またか。
若いもんの言う事は…」の思いで固まってきます。
女房の言うことは…、増井先生の言うことは…と頭から決め込んで構えています。
ひどい人になると、話の最中にスウッーと立ち上がって行ってしまわれる。
でも、これだけは治るのです。
頑張れば、心を若くすることが出来ます。
それがご聴聞です。
このお法(みの)りは、渇仰(かつごう)の思いをこめてご聴聞ができるのです。
常に、初事、初事として聞けるじゃないですか。
そういうところがご法の素晴らしさですね
Tさんの獲信
しかもご信心の相続とは、相手さんを通して聞かせていただくしかない。
作家の吉川英治さんが『大衆即大智識』と、持言なさっておられたが、まさにそうです。
さて、昨日のTさんへのご示談です。
Tさんも必死でしたが、私も久しぶりに畳たたいて大声を出したので、後で声がかれました。
年がいもなくというか、年取ったらこんなに感情的になるのかと思うほど激しいやりとりでした。
そして、Tさんがお念仏をし、懺悔される姿を見ていると、なんとも言えずお礼を言わずにはおれんかった。
こっちは何も大事かけとらんのに、私にかけて下さった仏様のお心。
私のための五劫のご思案、兆載永劫(ちょうさいようごう)のご修行にしても、私は概念的にしか聞けない。
ところが、一つ一つ身にかけて、落としゃせんとご苦労して下さった仏様なればこそ、喜ばずにはおれん、泣かずにはおれんのです。
Tさんがポケット探して涙をふきだしたから、思わず、 「止めなさい。私らの体は、三日三晩さかさに吊(つ)るして叩(たた)かれても、出てくるものは悲鳴や汚物しか出てこん。
法を聞かせてもらって、こぼれる涙は如来様の涙。ええかっこする必要ないじゃないの。
泣きなさい。ハナ垂(た)らしなさい。
長年待ってくれた親に会わせてもらうのに、なんの遠慮があるか」 と申しあげました。
そういう不思議に、お互いが会わせてもらうのです。
思わず知らずに「Tさんありがとう、よう聞いて下さった」とお礼いわずにおれんかったです。
如来様がどんな思いをなさっておられるのか、すべてそこへ帰らせてもらいます。
法と私との心と心に、ベルトがかかったのが信心決定でありますから、自分の所で止まってられんのです。
その辺りを、「心を弘誓の仏地に樹て、情を難思の法海に流す」という非常に明確な言葉でお示し下さったのです。
いただくものがいただけたら、それによって捨てるものが何かということがはっきりしてくるのです。
すると、今日までの自分の浅ましさを、どれだけおわびしても、おわびし尽くせません。
「申し訳ない。
ご苦労かけた悪人とは私でございました」と、叫ばずにはおれん心境をいただくわけです。
源流を知る
そこがハッキリと『仏敵』には示されているのです。
私は善い先生にめぐり会ったと思います。
昨年、『仏敵』を大判に改める時に、旧版の誤植(ごしょく)や字の歪(ゆが)みを訂正しました。
本を一冊犠牲にして、あちこちの字を切り集め、句読点やふり仮名まで集めて張りつけました。
だんだん老化で目が悪くなって大変な仕事でした。
また、やればやるほど誤植にも気付くが、仕方ないがこの程度で出版したわけです。
でも、何度も何度も読ませていただいたおかげで、自分がいただいたものは、みなここから出ていたんだという源流を遡(さかのぼ)り、溝さらえをさせていただきました。
そして今回、野口道場や当専(とうせん)寺にお参りしたが、昔の面影は『仏敵』の中にこそ生きているが、むしろ本当の姿は、華光会館の中にイキイキとして法が流れているのです。
また流していかねばならんという、使命感を強くしたわけです。
蓮如上人と、二つの要点
そこで真宗のご法門の要(かなめ)を蓮如様を通していただくと、外せない二つの要点があります。
(1)後生の一大事と(2)自他力廃立(はいりゅう)ということです。
ここを外したら、蓮如様を通じて発展してきた親鸞様のみ教えが、あやふやになってまいります。
今日は、来年の五百回忌に向けてちょっとした蓮如上人ブームです。
しかし、蓮如様は真宗総てのお祖師(そし)様ではありません。
真宗十派(じっぱ)の内、東西両本願寺や興正寺(こうしょうじ)は、蓮如様の出現で、親鸞様の正統が大衆化され盛んとなったが、逆に高田派や仏光寺派などは、蓮如上人のせいでさびれてしまっていました。
ところが、今日の大半の浄土真宗のご法の説きぶりは、蓮如様からはほど遠いように思います。 御文章さえあげないお寺が、沢山出てきました。
来年の蓮如様の大遠忌法要にしても、全然目的が違うんです。 我田引水かもしれませんが、蓮如上人のお心が、今日の華光にはイキイキと流れていると言わずにおれません。
後生の一大事
まず、「後生の一大事」の大問題です。
この言葉は、蓮如様が初めて使われて、親鸞様はあずかり知らぬことです。
親鸞様は「生死(しょうじ)出(い)づべき道」とおっしゃった。
迷いを離れていくのが仏教の基本ですから、「生死出づべき道」に間違いはありません。
しかし、それではあまりにも抽象的で、高尚であります。
蓮如様は、そこを「後生の一大事をとりつめよ」と、示して下さった。
まさに、親鸞様のお心を痛いほど身につけられた上でのご苦労の結晶なんです。 でも今日の大半の説きぶりは後生の一大事を声高にしません。 「生命」や「いのち」の尊厳というふうに切り換えられています。 しかし、蓮如様がハッキリと示されたことを堂々と言っていかねばなりません。
世間を震撼させたオウム事件を見てもわかるように、みんな拠り所のない魂は、さまよっているのですから、ハッキリと「後生の一大事」と旗を高く掲げていくべきだと思いますね。
自他力の廃立
もう一つが「自力と他力の廃立」です。
捨てもの・拾いものです。
蓮如様は「雑行、雑修、自力の心をふりすてて、後生たすけたまえと弥陀をたのめ」とおっしゃった。
いただくべきものをもらえ。
そのためには、捨てるべきものを捨てなさい。
誰がいただくのかといったら、私でしょう。
誰が捨てるのかといえば、私です。
でも、私には捨てる力もない。
何が自力かさえ、分からない。
法に会って、もらうものをもらったら、「アア、腐ったものを握りしめておったな」とわかるんです。
それで初めて捨てられるのです。
だから、どっちが先かといえば、私でない。
やっぱり法の先手がかかっておるのです。
かっての華光では、法を出したら負けと言われたが、そうではありません。
確かに私共が法を握ったらダメですが、しかし法が先手かけて働いて下さるので、今聞いてすぐ抜けてしまう奴が、現に今、ここに座らせていただけるじゃないですか。
どれだけのご念力が、この私のためにかけられておるか。
やはり法を第一に、優先するんです。
その辺のいきさつが『仏敵』の中には随所に出ております。
たとえば143頁あたり。
クライマックスで、どこも大事なので、詳細は、『仏敵』をぜひ読んでいただくとして、今は概要だけ申しましょう。
植島さんと伊藤先生のやりとりで、伊藤先生が随分と法の悪口を言うたんですね。
因縁事という言葉
「私が、おばさんの依頼を受けて、あなたにご相談申しあげるのは、深い因縁ごとです。
因縁というのは、極めて大切なこと。
死にたくないとか、死を切望したとしてもすべて因縁で左右される。
あなたが寺を捨てたり自力聖道門に走ろうというのも、因縁なれば仕方がない。
しかし、現在までのあなたは、仏法のご用物(ようもつ)で育ったんだから、血の一滴たりとも聖人の恩徳の結晶でないものはない。
その深い仏縁を捨てるからには、責任を負わねばならない。
ウンと考えて下さい。」と、植島氏は、伊藤先生に詰めよられます。
「何をやろうと因縁事ならば」というのと、「しかし責任をとらねばならない」というこの言葉は、植島氏と堀尾よしさんの問答にも出てまいりますが、大いに注意を払う必要があります。
これは、仏縁の因果応報、三世因果の道理が背後にあって、しかも不断煩悩の真宗のご法義の前提となる言葉なのです。
仏敵問答の末に
そこで、伊藤先生が開き直ると、植島氏の論法にも凄味(すごみ)が加わってくる。
先生は、ついに「いかにも私は仏敵です!」と吐き出すと、次々と腹底をぶちまけだした。
それを聞いた植島氏は、反感の語調も荒く「如来の御罰で、生涯仏法が聞けなくなりますぞ。
善人顔して法衣をきているが、腹底は、真っ黒な罪の塊、仏敵ではないですか」。 そして「ただ今出ていく後生となれば、どうですか。
臨終を今にとりつめて考えれば…」と真剣にたたみかけていかれた。
ところが、氏の毒舌を傾聴していた先生は、この「後生の一大事」と聞いた途端におかしくなってきた。
いわゆる現実至上主義の現代人の妄想です。
生命さえ完全燃焼できれば、死の関門など問題ではない。
死後などとは、時代錯誤も甚だしいと一蹴(いっしゅう)しようとした。
しかし、さまざまな近代文学や思想に混乱させられて、自分の求道が軌道に乗らないという盲点が、意外とこの「後生が苦にならん」ことに原因があるのでは、との反省が起こってくる。
そして次々と問答を交わすうちに、「と、刹那(せつな)! 無劫(むこう)の恐怖が、私の魂をおののかせた。
果てしなき生死の大暗黒海が、こつねんとして私の視野に開けてきた…」と、真剣にご自分の心を凝視していかれるのです。
勧め方の急所
数分の沈黙の後、氏は一転して自分の入信物語をしみじみと語られるんです。
時には厳しく、時には述懐を交える氏の話に、次第に先生の心は引かれていきます。
この尊敬心がないと、仏法は聞かれません。
その諄々(じゅんじゅん)と説く氏の誠意と、急所をはずさぬ的確さに学ばねばならないと思います。
最後に、堀尾さんが植島さんを導かれた急所のところに触れたいと思います。
二十四、五歳のころ、真面目な仏法者だった氏は、母への究極の孝養のためにと、よしさんに母への臨床説法を請われます。
氏の母は、めでたく宿善の花が開いて喜び喜び往生されたそうです。
でも氏は、商売や悪友たちや魚釣りなどで、十数年も御無沙汰してしまった。
それがふとした逆縁から、再び道場に出向くことになったが、よしさんの勧めも再三固辞したあげく、ある日、自分の心のありったけを話したそうです。
「仏法を聞く気の起こらぬこと、魚釣りの楽しさ、商売でもうけて、ぜいたく三昧(ざんまい)の日暮らしがしたい」と。
よしさんの言葉は簡単。
「釣らねばならぬ因縁と定められた魚ならば、釣るもよいが、それは今生のことです。
出て行く後生の一大事となれば、またひそかに思案せねばならぬ大問題ではないか」。
氏はグッと詰まったんです。
その夜、数時間も仏前に向かわれて、突然号泣、獲信されたのです。
その晩から氏は、よしさんの所に走って、丸三年、商売も捨てて、仏法三昧で信後のお育てをいただかれたそうです。
その後も、ご法の勧め方のコツが、随所に諄々と続いてまいりますから、ぜひご精読下さい。
相手が聞いているのかどうかわからんのに、自己満足でしゃべるんじゃなしに、相手の気持ちを確かめながら、一言一言諄々と説く辺りのコツを学んでいただきたいと思います。
最後の時間に、伊藤先生のお徳を讃え、堀尾ヨシさんのご苦労というものを味わわせていただければと思ったわけでございます。
(平成9年8月24日 『仏敵』を巡る聞法旅行の法話テープより)

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