「権化の仁」

著 者増井悟朗 師
掲載号華光誌 59-3号 平成12年7月発行

ひそかにおもんみれば、難思(なんじ)の弘誓(ぐぜい)は難度(なんど)海を度(ど)する大船(だいせん)、無碍(むげ)の光明は無明(むみょう)の闇(あん)を破する恵日(えにち)なり。
しかればすなはち浄邦縁熟(じょうほうえんじゅく)して、調達(ちょうだつ=提婆達多・だいばだった)、闍世(じやせ=阿闍世・あじゃせ)をして逆害を興(こう)ぜしむ。
浄業機(じょうごうき)彰(あらわ)れて、釈迦、韋提(いだい)をして安養(あんにょう)を選ばしめたまへり。
これすなはち権化(ごんけ)の仁(にん)、斉(ひと)しく苦悩の群萌(ぐんもう)を救済(くさい)し、世雄(せおう)の悲(ひ)、まさしく逆謗闡提(ぎゃくほうせんだい)を恵まんと欲(おぼ)す。
ゆゑに知んぬ、円融至徳(えんにゅうしとく)の嘉号(かごう)は悪を転じて徳を成す正智(しょうち)、難信金剛の信楽(しんぎょう)は疑を除き証(さとり)を獲(え)しむる真理なりと。
(『教行信証』総序)

ご讃文の大意

 これは、真宗の根本聖典である『教行信証』の書き出しのご文で、これを総序(そうじょ)と申します。
この総序は三段で構成され、①真宗の教義の要点。
②縁ある人への勧誘。
③著作の理由の三つが述べられています。

 そこでこのご文は、①の真宗教義の要点を述べられたご文です。
『浄土三部経』のお釈迦様のご説法を実に簡潔に要約しておられます。
なぜなら、浄土真宗は、この三部経で成立しているからです。
まず『仏説無量寿経』(略して『大経』)は、阿弥陀仏の本願が説かれています。
そして『仏説観無量寿経』(『観経』)『仏説阿弥陀経』(『小経』)と共に、阿弥陀様のお徳をほめ讃えたお経様で、これを浄土へ往生する為の三部経と申します。
皆さんは、法事の読経でなじむ程度でしょうが、その内容は、実に堂々たるお釈迦様のご説法であります。

本願と光明

 その三部経の要(かなめ)が、総序の最初に述べられています。
まず『大経』です。
-ひそかにおもんみれば、難思(なんじ)の弘誓(ぐぜい)は難度海を度(ど)する大船-静かに考えてみれば、阿弥陀如来のはかりがたい、大きな深いご本願は、今まで救われることのなかった海のような深い私共の迷いの世界を、渡して下さる大船なんだと。
阿弥陀様のご本願を、迷いを渡す船に例えていらっしゃいます。
-無碍(むげ)の光明は無明(むみょう)の闇(あん)を破する恵日(えにち)なり-大経には、本願の他に、光明という仏様の働きが説かれているんです。
この光明は無碍の光明、なにものにも遮られない光明だと。
具体的には、私共の持っておる煩悩の闇を破ってくださる智慧の輝きであります。
私共が仏法を聞く心を持たず、たえず我が身大事で煩悩を燃やし続けておるが、その煩悩の真っ暗闇を打ち破ってくださるのが、阿弥陀如来のお光なのです。
この本願と光明のお徳をお説き下さったのが、大無量寿経様であります。

誰が救われるのか

 次に『観経』です。
本願と光明があっても、誰が救われるかがはっきりしない。
それを明らかにして下さったのが、観無量寿経様です。
本願と光明で、救われるものは誰か?
 -しかればすなはち浄邦縁熟(じょうほうえんじゅく)して、調達(ちょうだつ)、闍世(じゃせ)をして逆害を興(こう)ぜしむ-すなわち、浄土の教えを表すところの因縁が熟して、提婆達多(だいばだった)が阿闍世に、その父母を害するような罪を作らせ、念仏によって救われねばならないのは誰か、お目当てのご本願は誰のためかが明らかになってきました。

 -浄業機(じょうごうき)彰(あらわ)れて、釈迦、韋提(いだい)をして安養(あんにょう)を選ばしめたまへり-お釈迦様は、阿闍世のお母様、韋提希夫人(いだいけぶにん)に阿弥陀仏の浄土に参りたいと選ばされました。
-これすなはち権化(ごんけ)の仁(にん)、斉(ひと)しく苦悩の群萌(ぐんもう)を救済(くさい)し、世雄(せおう)の悲(ひ)、まさしく逆謗闡提(ぎゃくほうせんだい)を恵まんと欲(おぼ)す-
権化とは、真実の反対の言葉です。
権は仮(かり)、真実に至る前のことです。
真実へ至らす為のお手立てが、権化であります。
一足飛びに真実に入れないから、あの手この手の準備教育をして下さるわけですね。
仁とは、慈悲にあふれたお人、仏様のことです。
ここに登場する阿闍世と韋提希夫人とは、親子関係です。
提婆達多とお釈迦様は親類です。
そんな人間同士が、糸がもつれるように人生の悲劇を作り出していきます。
そして、こういう悪人や愚痴の凡夫こそが、阿弥陀様のご本願を聞き、光明に会うのですよ、という仏様の大悲のお心が示されたのが、観無量寿経様であります。

 そして最後が阿弥陀経様。
-円融至徳(えんにゅうしとく)の嘉号(かごう)は悪を転じて徳を成す正智(しょうち)、難信金剛の信楽(しんぎょう)は疑を除き証(さとり)を獲(え)しむる真理なり-小経には、南無阿弥陀仏のお名号を一心不乱に称えたら、十方の仏様に護られますよ、本当の救いは阿弥陀様のお救いしかないと説かれています。
それをここでは、信心と名号の勝れたお徳をあげ、修め易く、往き易い教えであり、誰もが早く真実の大道に帰することを勧められています。
こういう大事な事を、短いご文の中に親鸞様はちゃんとおっしゃっているのです。

王舎城の悲劇

 さて、『観経』には、王舎城の悲劇が説かれています。
 提婆達多(だいばだった)は、お釈迦様を殺し、自分が教団の代表者になろうとたくらんでいました。
それで大国、マガダ国の王子である阿闍世(あじゃせ)王を唆しました。
「父王もお母様も、実はあなたの誕生を快く思っていなかった」と、過去の因縁話をしました。

「その証拠にあなたの小指の先が切れているでしょう。
それは産み落とす時に、剣の上へ落として殺そうとしたが、失敗したのです。
しかも父王もお母さんも、釈迦の邪教を聞いている。
邪教を説く、釈迦もやっつけねばならない。
だから、自分が釈迦に取って代わるから、後押しをしてほしい」と唆したのです。
それを阿闍世は信じて、クーデターをおこしました。
父王を牢獄に閉じ込め、飢え死させようとしたのです。
ところが、韋提希夫人(いだいけぶにん)が、自分の体をきれいにして、蜂蜜や小麦粉を塗り、冠の中にブドウの汁を隠して、牢屋の王様に秘かに運んでいました。
お釈迦様も、王様の願いに応じて、神通力でお弟子方を遣わせてご教化なさいます。
夫人の運ぶ食物と、お弟子方のご説法で、王様は、身も心も元気に過ごされていた。

 父王の元気なのに不審をいだいた阿闍世王は、門番に尋ねて、ことの真相を知りました。
激怒した阿闍世王は、「母は、賊(ぞく)同然。
あなたも生かすわけにはいかん」と刀を抜こうとしました。
すると、二人の大臣が、「父王を殺したり、位を奪った人は昔からいるが、産みの母を殺害した王族はだれもいない。
あなたはこの王族の血を汚すのですか。
もしそんな事をするなら」と、自分達の刀の柄(つか)に手をかけたのです。
さすがの阿闍世も、母親の殺害はやめて、宮殿の最深部に閉じ込めました。
そして、父王の足を削(そ)いで、お弟子方にも会えないようにしました。
そんな悲劇が、王舎城で繰り広げられたのです。

阿闍世王の廻心(えしん)

 その阿闍世王も、最後には、お母さん、お父さんに申し訳ない、懺悔の気持ちで一杯になるのです。
高熱がでて、体中がカサに覆われ、親を殺すような大罪人は、生きながら地獄に落ちていくと恐れだしました。
提婆達多がそうでした。
仏教教団を混乱させ、僧を殺し、お釈迦様まで殺そうと、崖(がけ)の上から石を落としました。
ところがお釈迦様は足の小指から血を流しただけで難を逃れられました。
それで提婆達多は生きながらにして大地が裂けて地獄へ落ちたと言われています。
だから阿闍世王も、恐ろしい病気になって、私はもう駄目だと煩悶(はんもん)なさいました。
そこで、六師外道(ろくしげどう)がいろいろと詭弁(きべん)をろうして慰めるが駄目です。
最後に名医でもあるギバ大臣が、「お釈迦様の真実の教え聞かせてもらうしか道はない」と、この人のおかげでお釈迦様の教えを頂くのです。
そしてご法に目覚められました。
私のような五逆罪の悪人がお救いにあずかり、仏にならせて頂けるのは、根のない所から花が咲いたのと同じ、無根の信だ。
それで、たとえわが身は無間地獄に落ちても、このご法を聞いてもらいたいとまで喜ばれました。
『涅槃経』に詳しく説かれています。

弥陀の浄土を選ばれる

 次は、韋提希夫人(いだいけぶにん)のお救いです。
「憎むどころか、かわいい一杯で育てた子供に、こんな酷(ひど)い目ににあわされるとは」と、悲しみのどん底に落ちました。
私もインドで、韋提希夫人の幽閉跡から、耆闍崛山(ぎしゃくっせん)を望んだことがあります。
そこではお釈迦様が『法華経』のご説法をなさっていました。
そこに向かって、「どうぞ私を救って下さい」と悲しみのどん底から声をあげたら、お釈迦様はちゃんと知ってみえて、お弟子を二人も遣わされ、その後、お釈迦様もお出でになります。
パッと頭を上げたら目の前にお釈迦様とお弟子達がいらっしゃった。
びっくりしながらも、お釈迦様に号泣して愚痴のありたけを言われました。
「なんで私はこんな不幸な目に遭わねばならんか。
かわいいわが子に夫の命を奪われ、私も牢屋へ押し込められた。
お釈迦様もお釈迦様です。
どうして提婆達多のような息子を唆す人と親類なのですか。
なにがなにやらさっぱりわからんようになりました。」ネックレスはちぎれ、冠も投げ捨てて泣かれました。
そして、苦悩のないところへ行きたいと教えを請われました。
そこで、お釈迦様は頭から光を放って、あらゆるお浄土を光の中に見せられるのです。
光がおでこの所に全部集まってきて、テレビをみるように韋提希夫人がご覧になって、「阿弥陀如来のお浄土に往生したいのです。
その為の教えをお願いします」。
お釈迦様はうれしかったのですね、初めから阿弥陀様の救いを言うてあげたかったが、韋提希夫人が自分の悲劇を通して、自分の体験から阿弥陀様しかないと選ばれるのをお待ちでした。
それで、心を静めて、浄土往生の為の十三通りのお浄土を観る見方、すなわち定善(じょうぜん)を説かれました。
さらに、心を静めて観察することのできない人には、散善(さんぜん)といって、善をして、浄土に往生しなさいと勧められました。
しかし、一番最後には、定善も散善もできない悪人には、南無阿弥陀仏一つを称えるだけで助かりますよと、それぞれの機類に応じた、浄土往生の方法を詳しく説いて下さったわけです。

権化の仁

 さて、ここに登場する人物は、お釈迦様は仏様だが、他は、凡夫でしょう。
ところが、親鸞様の理解では、これはお浄土から阿弥陀様が姿を変えて、私共に真実を知らせんがためのお芝居をして下さった、権化の仁だと。
大無量寿経に説かれた本願と光明は、実は、韋提希夫人や阿闍世王、提婆達多を通じて、悪人・凡夫こそがお目当てだという事を、観無量寿経に明かして下さったと受け取られたのです。

 これを身近に言うなら、人生において色々な悩みが起こってくるが、何ひとつ欠けても私は南無阿弥陀仏に出会えなかったということです。
好きな人だけではない。
嫌いな人を通して、また死に別れや生き別れ、愛する人の死を通して、この世の中に、頼るべき真実はないことを教えて下さる。
そして、何の為に生まれ、そして生きていくのかを教えて下さる。
迷いの世界を離れ、阿弥陀様と同じ仏にして頂く、浄土往生のための人生だということを、私の周りの人達が、権化の仁として教えて下さっているんです。
まさに「憎い」 人が、仏様。
-これは、大変な事ですね。

冥加に徹底した母

 私の父は、私が10歳の時、57歳で亡くなりました。
母は、華光会館が完成した昭和32年に75歳で亡くなりました。
この元旦、
「あれ、お母さんが死んだ年と、同じ年になった」と気付きました。
それにしたら母は、すごいおばあちゃんだったな。
昔の人は、地味なもの着て、栄養も違いましょうが、でも、今の自分はいつまでも若いと自惚(うぬぼ)れていますね。

 母の死因は、破傷風でした。
ケガの傷口から破傷風菌が入って、すごく苦しみました。
血清が効いておる時はいいが、その薬がきれると体がガチガチになってしまいます。
海老(えび)みたいに背中が反って歯をくいしばり、ものも言えません。
部屋も、神経を少しでも刺激しないように、真っ暗なのです。
お医者さんに走って、「まだ薬きませんか」。
あんまりしつこく言いに行くと、「もう年だからな」と言われます。
心の中で「人の親をなんと思っている」と恨みました。
薬を注射するとスーッと元気になります。
その時に母が「私はいろいろの病気をしてきたが、こんな辛い思いは、初めてや」と言いましたね。

 母は、子供のころから、父親に仏法を聞かされていました。
私は母が40歳すぎの子供で、祖父を直接知りませんが、罪悪観に徹した、仏法に熱心な人だったと聞いています。
そんな親に育てられたので、母も冥加に徹底した人でした。
自分につける物は薄く、人に厚い。
粗食しながら、良く働き、しかし大事なご法のためには、始末して蓄えたものをドーンと出します。
対照的に、父は50歳で楽隠居して、「エエかっこしい」でした。
金縁眼鏡をかけて、タバコをくゆらせて、お客さんとも「フンフン」と調子よく話します。
母は、金銭面でも、女性問題でも、父の尻拭いで苦労しました。
ですから、辛抱する事にかけては、こんな人が世間におるんかという程、私は子供の時から、母親を尊敬しましたね。

 母は、色々と外科の病気で苦しみました。
私が子供の時には、片方の目をくり抜いています。
目に白い星が入っていたのを、村に来た偽医者にだまされて、眼に入墨されました。
その晩に高熱が出たのです。
とうとう片方の目はくり抜いて、ガラスで作った義眼を入れたんのです。
入れ歯の人が、出して洗うように、目玉をクリッと抜いて水で洗って、またクリッと入れます。
よく見るとその義眼に血管がちゃんとついてきているのです。
不思議でしたね。
また、私が大学生のころには、鼻にバイ菌が入って、抗生物質ができた頃だから、治ったことは治りましたが大変苦しみました。
歯も歯槽膿漏(しそうのうろう)でダメになります…。
そんな外科的な手術をいくつも受けてきた人なのです。
これは、まだご法がハッキリする前でしたが、母が「私の体は、百歳まで生きられるとお医者さんが保証してくれたが、切ったり付けたりの外科の病気をよく患うな。
何の業やろな」と嘆いた事を覚えています。

法蔵菩薩のご苦労を知る

 それが、ご法を聞いた後のことに、一番つらい破傷風になりました。
それで私は申しました。
「お母さん、私が人間界に生まれてきて、殺生ひとつ考えても、どれだけ罪深いことをしているかわからない。
食べるものやと思うているが、みんな生き物でしょう。
相手にどんな辛い思いをさせてきたことかわからへんよ。
そういう私を救う為に、仏様は、地獄の火の中まで飛び込んで、体切り刻まれてでも私を助けてやろうと、願をかけ行を励んで下さった。
お母さんは辛抱強い人だが、今こそ、仏様の筆舌しがたいご苦労を、お母さんの耐えきれない苦しさを通じて知らせてくれてるんじゃなかろうか」と話しましたら、「そうやなぁ、勿体ないな」と、涙をこぼしながら、お念仏をしてくれました。

 ところが、薬が切れると、またギューッとなります。
その時に、「仏様のご苦労を、自分の力や頭で考えて"勿体ないな"と思う程度ではない。
本当に手放しで、私になんの力がなかったと体で知らされるのが、お母さん、この病気やな。
この年でこんな病気をするとは"業人や"と思うかもしれんが、如来様は、私が人間に生まれる前から付きまとって、この私をなんとか救ってやりたいと、どれだけのご苦労をされたかわからん。
もうご法をいただいたのだから、死んだら二度と迷いの世界へ帰りたくても帰れん身にしてもろたんや。
それをこの苦しさをとおして、阿弥陀様が、法蔵菩薩になり下がってご修行して下さったご苦労を、今、体で知らせてもらうんやで。」と言ったら、涙こぼして、ものもいえない口から「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏を称えだすのです。
薬でないと楽にならんはずが、痛みが穏やかになってきます。
「ああ、獲信の後では、えらい違いやな。
昔、母親が愚痴っていた時には、私にも力がなかったし、母もまだ未信だった。
それが、今度は耐えられないような大病なのに、仏様のご苦労にかえっていけるんやな。
そこには、どれだけのお手回しがあったかしれんな」と思ったものです。

 でも、それは母のことではなかった。
母の姿を通して、「お前がいただいたのは、大きな大きな宝物だぞ」ということを、私に教えんがために、母がお浄土から来て下さったのだと、私は気付いたのです。
ものすごいものをこの世からいただいているのです。
決してお母さんのためじゃなかったのです。
母の病気を通して、私が仏様の偉大さを教えてもらってるのだと思わせてもらいました。

伊藤康善先生のご臨終

 そして今度は伊藤康善先生のことを思いました。
先生からもたくさん教えをいただきました。
先生の所に遊びに行った時、「今日はどうも風邪で、熱が高い。
ゆっくりしてほしいが、そこそこで帰ってくれ」「先生、心配です」「いや、一晩寝てな、目が覚めたらお浄土やがな」「先生、そんなに簡単に…」「それに違いないやないか。
平生聞かせてもらてるんやから」。
やっぱり、先生は大した人やなと思ったことがあるのです。

 その先生がガンになられました。
お医者さん顔まけの知識があり、その上、「家に帰りたい、帰りたい」というわがままで、病院では手を焼く患者さんでした。
普段は、私達が訪ねていくと、奥さんが、食事を座敷に運んできて「増井さん、久しぶりですね」と、話しかけられます。
すると、「そこに置いて、はよ行け。
チェッ」-牛を追うみたいです。
「あんなんですね。
道でも一緒に歩かしまへん。
10歩ぐらい前を歩いてはります」と、奥さんが言われていました。

 ところが、先生がいよいよという時には、奥さんの名前を呼びづめに呼んで、側から離れさせませんでした。
病院で、看護婦さんを困らすだけ困らせ、家に帰ったら今度は奥さんを困らせました。
腹にすえかねた奥さんが、先生に「あんた、お念仏、一言も出まへんな。
法然上人は"病患(びょうげん)を得てひとえにこれをたのしむ"とおっしゃった。
あんたは、愚痴ばっかり。
それでも念仏者ですか!」と、一喝(いっかつ)されました。
それから伊藤先生の態度が、ガランと変わって、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏されるようになりました。
これを聞いて私は、お念仏はいかに強い力を持っていることかと味わわされました。
それでも凡夫の生地は、命の切れるまで変わりませんが、変わらないにつけて、仏様のご苦労があったことを、あの手、この手で私に教えて下さっています。
伊藤先生のご臨終を思うにつけて、これが権化の仁やな。
「斉しく苦悩の群萌(ぐんもう)の救済(くさい)し、世雄(せおう)の悲-仏様の慈悲は-まさしく逆謗闡提(せんだい)を恵まんと欲(おぼ)してなり」と、親鸞様がおっしゃったお心を味わわせてもらうのです。

あの手、この手のお手回し

 究極のところ、好きや嫌いや、憎い・かわいいと、明け暮れしておっても、私の周りの人達は、みんなお浄土から出てきて、私を南無阿弥陀仏に会わす為になくてはならない人達です。
一人欠けても、ここへ座ることができないのです。
しかし私にはうわべしか見えません。
善導大師様は、韋提希夫人をば実凡の人で、権化の仁とは申されませんでした。
ただの愚痴な凡夫、女人だと見られて、夫の権力で幸せになれると思い、子供かわいいの塊であったのを、子供に裏切られ、愚痴だけの悲しみしかない人だと。
ところが親鸞聖人は、私 共に、その愚痴の女人、悪人こそがご本願のお目当てだという事を知らす為に、仏様がお芝居をして下さった権化の人だとおっしゃった。
皆さんはどう思います?
 今日お参りのKさんは、すぐ奥さんに「このバカタレ」とおっしゃるらしいですね。
Kさんらしいご法の勧め方ですが、でもそこは夫婦、助け助けられて、次第にご縁がついていくようです。
そういう奥さんがいなかったら、今日のKさんはあり得ません。
馬鹿息子、と子供さんの事もおっしゃるが、昔の人は「うちの子は偉い」とは言わずに、愚妻、愚息といいます。
でも、その人こそが権化の仁です。
いくら自分の中を探したって、聞きたい心はサラサラありません。
でも「聞いてくれよ」のやるせない願いが、私の周りからヒシヒシと、こ の私を聞かざるをえんようにして下さってるじゃないですか。
でも、お聞かせに預かっても、チッとも変わりません。
「あんな仏法なら聞かん方がまし」と、外からは見られるかもしれません。
でも、ちっとも変わらんにつけて、仏様のご苦労のほどが、何と凄(すご)いものであったかと味わえてまいります。
人間に生まれた所詮(しょせん)は、やっぱり聞かせてもらうしかなかったのです。
まだハッキリしない方は、間に合うて下さい。
若いから子供だからと、一寸先はわかりませんよ。
それを呑気(のんき)に構えてるのが、私たちですがね。

寒苦鳥(かんくどり)の話

 毎年、北海道のOさんの家庭法座に、健康食品会社の社長さんがお参りされます。
この頃は『親指のふし』を何度も読まれるようになったが、一番初めは壁の際におられ、二年目は真ん中に座って、三年目には一番前に座ってなさいます。
四年目には、法話が終わると拍手なさいます。
私が、「拍手より、南無阿弥陀仏の尊さを話したのだから、あなたの口から南無阿弥陀仏と出るならうれしい。
でも手をたたかれたら、私の話に拍手されただけだから、私は悲しい」と申しますと、「それを聞いたら、余計、手をたたきたくなった」というような人です。

 それが、早起き会かなにかの全国大会で、その人も、ひとくさり話をせんならんのだそうです。
だからネタを仕入れるためだけでもお話の聞きようが違いました。
そこで『親指のふし』の寒苦鳥の話をされたそうです。

 インドのヒマラヤに寒苦鳥が住んでおったが、巣を作っていない。
昼間は暖かいが、高地だから夜になると身を切られるように寒い。
それで「明日こそ巣を作ろう、明日こそ」と一晩中泣き明かすのだそうです。
ところがお日様があがると忘れてしまって、一日中、遊んだり食べたりで、楽しむ。
そして、夜になって、「寒い、寒い」と繰り返す…。
その話を、社長は、今の時代は口だけで言ってもダメ。
迫力あるジェスチャーをつけねば相手に応えないと、体を使って実演されました。
それで私も、それを真似(まね)てやります。

 夜になったら、「寒い! 寒い! うぅー寒い、サム、サム、サム、サム、サム、サム!……」。
先に延ばしたらダメだ。
夜寝る所がない、南無阿弥陀仏の帰る家がないと、人間の世界でどれだけ暖かいベッドがあり、暖かい家族があっても、みんな別れていくゾ! 今度は、一人で迷いの世界へ出かけていかんならん! その為に「聞けよ! 聞けよ! 聞けよ!」と、今日まで、仏様方が様々な手だてをして下さっておる。
それを中々、聞かない。
それで、少々言ってもダメなんで、「サム! サム! サム!…」とやらんといかんのです。

南無阿弥陀仏の叫び

 その方が私の前で熱演されたのも、権化の仁ですね。
口先だけ、頭の上だけで聞いていたらダメ。
十劫こめて迷いぬいてきた私。
その私の為に命をかけてご苦労して下さった仏様を思えば、声を張り上げて南無阿弥陀仏を称えさせてもらえる世界をいただくのですからね。
南無阿弥陀仏は仏様ですよ。
なぜなら光り輝く仏様が出てきなさったら、私らの目がつぶれてしまいます。
そこで南無阿弥陀仏の中に仏のお徳を全部入れ込んで、必ず仏にしてみせると、南無阿弥陀仏と叫んでいなさるのです。
「南無阿弥陀仏!」とノドから血がほとばしるように叫んでなさるのです。
それを話のうえだけで聞いて、「わかった」と、口先だけで南無阿弥陀仏ではいかんのです。
あいつバカになったのかと言われる程、腹底からいっぺんは南無阿弥陀仏のお心に会わせてもらって下さい。
急がないといけないのです。

 本当に魂の底から震え上がるような事実を、仏様が見抜いて、助かりようのない、腹底から仏法聞きたくない私の為に、仏様の魂をこめた南無阿弥陀仏が、私の腹底に入って下さるのです。
今この場所を外したらあきませんで。
昨日も過ぎた、今日も過ぎてゆくのです。
どんな事があるかわからない、寒苦鳥ですから。
今、お正月の「おめでとうございます」と言えるのは、そこなのです。
「寒い、寒い」ではない、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」なのです。
私の母が、破傷風の苦しみからお念仏の世界へ帰ってこれたのも南無阿弥陀仏の力なのです。
その生きた仏様に、どうぞ、会せてもらって下さい。

 命のあるかぎりは、どうぞ、この一年よろしくお願いいたします。

 
(平成12年1月1日 修正会(しゅしょうえ) 法話テープ「権化の仁」より)

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